遺すもの、遺される者





カツン
ひび割れから小さな欠片が転がり落ちる。
風化の度合いにそぐわない、計算され尽くした緻密な建築物。現代の文明すら追いつけない、偉大なる前世代の遺跡。
訪れる者とて無くただひっそりと、かつての栄光をかろうじてその姿に留めている。
シンダル一族。
ただ一つ、真の紋章を封印する術を知りえた一族。




祭壇と思しき遺跡の中心に屈みこみ、右手を地に伏せる。
右手に宿る紋章が、この地に微かに残る彼の気配を伝えてくれた。

世界は
未来は

永の時間にも色あせない願い。与えられる運命に逆らい、必死に足掻いた魂の叫び。

世界は

「……変わっていないよ、何も」

感情のない声で低く呟く。
彼が世界に投じた一投は、ひずみを修正すべく生まれたうねりによって飲み込まれた。そのうねりが、本来なら彼と同じ立場の人間であるというこの皮肉。
もしその時、彼の傍に自分がいたらどうなっていたのだろう。

「………」

目を閉じて、頭に浮かんだ仮定を打ち消す。自分がいた所で、彼の決意は恐らく変わらない。自分も彼の行為を、止める事も責める事もしないだろう。彼が見ていたであろう物と同じ物を見るようになった今ですら、それは変わらない。

彼は世界を愛していた

指先から伝わってくる彼の想い。
こんなにも。誰よりも。ただ未来を嘆くだけでは済まないほど、彼は世界を愛していた。
無愛想な顔の下に隠された傷つきやすい優しい心には、それは許しがたい結末。
自分がたった一人に向ける感情を、彼は世界に注いでいた。
「誰か」という具体的な存在ではなく、「世界」という曖昧なものに。
人として生きるにはひどく辛い生き方だった。





「…………そこで何をしている」
立ち上がり、静寂を打ち破った声の方をゆっくりと振り向く。
問い掛けられる前から相手の存在には気付いていた。右に走った軽い痛みが教えてくれている。
目の前にいるこの男が『そう』だと。
「友に別れを告げに」
感情を乗せることもなく、たんたんと言葉を紡ぐ。
立ち尽くしたまま動かない男に向かって歩を進める。自分よりはるかに高い、一つだけの漆黒の瞳を間近に見上げるまで。
「……友?」
無表情の目が少しだけ揺れた。
「そう。ここは僕と同じように運命に選ばれた友が眠る地。彼の最期の声が残っている所。………教えて欲しい。彼の最期の姿を。彼は最期まで運命を憎んでいたのか。……世界を愛していたのか」
「…………」
「知っているのだろう?『炎の英雄』」
「……………お前もか…」
ちりちりと右手が痛む。同じように男も自分の右手を押さえた。
「友達甲斐のない奴でね。当時僕がまだ『見えなかった』からって、自分ひとりで全てを終わらせようとしたんだ。ああ、一人じゃなかったんだっけ。彼の傍には……そう、彼を愛してくれる人がいたんだね」
この地に残された想いは二人分だった。一つは彼のもの。もう一つは…彼を想う優しい心。
「……奴の言い分は判るが…あんなやり方は間違っている」
「そうだろうね」
さらりと口にした返事に、男の目が僅かに見開いた。
「……責めないのか?」
「あなたを?何故?ルックは自分の意思を貫き、そして死んだ。星の運命に逆らえばどうなるか判っていて、行動を起こしたんだ。あなたを責める必要がどこにある?」
「………」
「教えて欲しい。ルックは世界を愛していただろうか」
再度の問いかけに、男は暫く考えていたが、やがて。
「……恐らく、誰よりも」
「…………そうか」
破願した。


聞こえたかい?ルック。
君がどうしてあんな行動に出たか、他の誰が知らなくても、僕とレックナート様と、少なくとも『炎の英雄』は知っている。
君は余計なお世話だって言うかもしれないけど。
でも。



「それじゃ僕は行くよ」
男の脇を擦り抜け、元来た道に向かう。
数歩進んだところでふと思いついて立ち止まり、振り返った。
「あなたもあれが『見えて』いるんだろう?どれくらい生きている?」
「……紋章を宿して100年だ」
「そうか。だったら僕よりはっきり見えているのかもしれないな。僕はまだ50年ほどしか経っていない。あなたは…どうするつもりだい?」
「俺は…奴らのように肯定も否定もできなかった。……これからも…そうなのだろう」
「僕もだよ。世界よりも大事なものがあるからね」
再び前に視線を戻し、今度こそ歩き始める。背中に感じる問いた気な視線。
「……お前は何者だ」
歩みを止めず、振り返りもせず、棍を持った右手を軽く掲げてシオンはそれに答えた。



「僕は『トランの英雄』。あなたと同じように 英雄の名を冠せし > 紋章に捕らわれし 者」





END





とうとうIIIネタです。
やはりうちでIIIのネタを書くとしたら坊ちゃんを出すしかないでしょうっと言う事で、65歳な坊ちゃん登場。一人で諸国放浪中。
Vに於いては、シオンはどう考えてもグラスランドにいないので、時間をちょっと進めてVの30年後にしてみました。今回は真持ちが一杯出てくるから、時間進めても問題ないわあ(笑)
今回はプロローグなので、かーなーり言葉をはしょってます。あえて書かなかった部分は色々想像してください。
我が家の英雄はゲドさんです。ゲドが英雄になる決意をしたあたりの話も書きたいんですが、ゲド視線で書くのって難しくて……。もっと煮詰めてからでないと無理ですね。Vは継承者三人組と、英雄とその親友を書きたいなーと思っています。

シオンってルックのこと結構好きだったのね…意外(笑)コウリとルックは仲がいいですけど、シオンはあんまりルックに近づかなかった筈なんだが。
ゲドが何で都合よく儀式の地に現れたかはツッコミ不可です(笑)ちょうどルックが死んだ日だったとか!

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