「行っちゃ駄目だ、テッドっ」
「え、シオン?……」 戸惑うテッドの腕を掴んで、門とは反対方向に走り出す。後ろでカナンやグレミオが騒いでいたが、気にせずひたすら走り続けた。 「おい、待てってばっ、シオン!」 町外れまで来た所でようやく手を放した。荒い息を整えたテッドが、文句を言い出す前に口を開く。 「カナンは君の紋章をグレイズに報告するつもりだ。宮廷魔術師のウィンディ…彼女は君の紋章を狙ってる」 「……!シオン……お前何でそのこと…」 「ごめん。詳しくは今ここでは話せないけど、僕は君の過去を知っている。君の紋章のこと、君が三百年一人で生きてきたこと…君が追われていることを知ってる」 「…………」 「あのまま行ったら、君はウィンディの元に引き出されていた。そうしたら君は、逃げる為に紋章を使わざるを得なくなって…そして……」 言葉が続かない。あの時の、紋章に引き裂かれボロボロになったテッドの姿を思い出す。 弱々しい声で、必死に「お願い」を口にしたテッド…。 「……助けてくれたって訳か…ありがとな」 長い沈黙を破ったのはテッドの方だった。左手で右手を隠すように覆い、どこか泣きそうな顔で語りだす。 「ウィンディがあの女じゃないかって事は、前からうすうす気がついてた。カナンの前で紋章を使ったのはまずかったな。せめてあいつを眠らせておけば良かったよ」 「テッド……」 「俺はこのままこの町を出る。そうすればお前たちに迷惑がかかることもない。……ごめんな」 「それは何に対する『ごめん』なの?」 「さあ、何だろう。でも…言いたかったんだ」 ふわりとテッドの腕が伸び。 気がつけばその腕に抱きしめられていた。 「ありがとう、俺の親友。お前と過ごした日々が、今までで一番楽しかった。いつかまたここに戻ってくる。だから……長生きしろよな」 「僕も一緒に行っては駄目かい…?」 涙が溢れる。今ここで別れたら、もう二度と会えない気がする。 「駄目だ。お前にはお前を待っててくれる人がいるだろ」 強く抱きしめ返す。答えなど聞かなくても判っていた。どんなにシオンが願おうとも、追い縋ろうとも、テッドが振り返ってはくれない事も。 「さよなら、シオン…」 テッドの手が離れた。今はその目元に、シオンと同じように光るものが浮かんでいる。 「僕長生きして待ってるから。だからいつかまたきっと戻ってきて、テッド……っ」 テッドの姿が見えなくなっても、シオンは彼の去った方向をいつまでも見つめていた。 テッドは死ななかった。だが取り戻せた訳ではない。シオンの手をすり抜け、手の届かない遠くへ行ってしまった。 自分は選択を間違えてしまったのだ。 次頁 |