「何の用ですか?」
「ここはテッドという子供の家だな。お前がそうか?」
隊長らしき男が、ジロジロと不躾な視線でシオンを見る。
シオンは一般兵が上官に向かう慇懃さで、丁寧に答えた。
「いえ、ここは確かに彼の家ですが、僕はテッドではありません。彼はカナン殿に呼ばれて城に行ったまま、まだ戻りません。テッドがどうかしましたか」
「お前は何者だ。その服装からすると、お前も軍の兵士か」
「僕の名はシオン・マクドール。つい先日、グレイズ殿の元に仕官したばかりです」
「マクドール……っ。そうか、お前はテオ将軍の息子か。いいか、テッドという子供が戻ったらすぐに引き渡せ。奴はウィンディ様に歯向かい、城の中で紋章の力を使って暴走させた。奴には逮捕命令が出ている」
「そんな…テッドが……………判りました。テッドは親友ですが、罪は償わなくてはなりません。彼が戻ったら、僕が責任を持って城まで連れて行きます」
「うむ。お前も大変な親友を持って苦労するな。だが私情は禁物だ。皇帝陛下に仕える軍人として、誇り高くあるように」
「はい。心します」
自分より階級が下とは言え、将軍の息子に礼を尽くされた近衛兵は、機嫌よく立ち去って行った。
これから彼らはマクドール家に向かうのだろう。かつてはパーンが通報さえしなければと彼を恨んだ事もあったが、その前にウィンディは動いていた。近衛兵が屋敷に来るのは時間の問題だったのだ。
閉めた扉に凭れかかり、ふぅっと溜息をつく。良かった、何とか誤魔化せた。
「……シオン……大丈夫か?…」
寝室から心配そうな声がかけられる。シオンはテッドの傍まで戻ってくると、安心させるようににっこり笑った。
「大丈夫だよ。あいつらは行ってしまった。だから安心して眠るといい」
「……ああ……少し…眠らせて貰う。…ごめんな……」
「謝らなくていいって。おやすみテッド」
「おやすみ……」
汗で張り付いた前髪をかきあげてやると、テッドは瞼を閉じ、すぐに深い眠りについた。
熱が下がらない。血を失った所為で顔色が悪い。上手く息が吸い込めなくて、呼吸が荒い。白い包帯とそこに浮かぶ赤い血が痛々しい。
あの時、彼はこんな体で囮を買って出てくれたのだ。
あの時、自分はこんな状態のテッドを置いて逃げたのだ。
「ごめんテッド……」

その時、
ぞわりと全身が総毛立った。

「え……?」
感じる。この気配。右手から溢れ出す純粋な意思。
喰いたい。
魂。
上質の。
ずっと喰いたかった宿主の。
絶望に何度も引き裂かれてきた魂を。
決して喰うことの出来なかった魂を。
喰う。
喰う。
クウ。
くいたい。
「い………う、ああああっ……」
意識が暴走する。原始の欲望が溢れ出す。押さえ込めない!
これが紋章の望みか?前回はこんなことはなかった。こんな風に、紋章の意思が暴れるなんてことは。
右手を強く握り締め、必死にテッドから離れようとする。だが紋章の持つ吸引力は、継承したてのシオンの力を上回る。
喰う。
「駄目だっ…それだけは許さない……っ、従え、ソウルイーター!お前の主は僕だっ。そんなに喰いたいなら僕の魂を喰らえっ」
喰いたい。
三百年もの間、孤独に耐えてきた魂を。
ソウルイーターにとっては最高のご馳走を。
「嫌だ……!…お願いだ、ソウルイーター!テッドの魂を持っていかないでくれ!お前の望むだけの魂を喰わせてやる。だから…だから…テッドだけは!」
喰う。
喰う。
喰う。
喰う。
「テッドおおおっ……」
血を吐くような叫びが、空気を切り裂く。
右手に流れ込む、熱い血潮。
テッドの命そのもの。

「う……う……っ……うぁ……」
右手に血が滲むほど強く爪を立て、床に蹲って嗚咽する。
ベッドに横たわるテッドの呼吸は、もう荒くない。

――おやすみ……

それが、テッドがこの世に残した最後の。


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