「来い、テッド!」
テッドに向かって手を伸ばす。シオン目掛けて走って来たテッドの手を取り、二人は一気に谷を逆走し始めた。
「どうして動けるの!?…ええい、逃がしはしないよっ」
追いかけようとするウィンディの前に、仲間たちが立ちはだかる。
「おっと、ここから先は通さないぜ。お前の相手は俺たちだ」
愛剣オデッサの切っ先を突きつけ、フリックが不敵に笑う。
ウィンディが悔しげに唇を噛んだ。


はぁはぁはぁ…
二人はただひたすら谷の出口に向かって走り続ける。
「シオン…こんな、ことしても…俺はまたきっと支配の紋章に……っ…」
「支配の紋章を解く方法はあるっ……クワンダもミルイヒも…正気に戻ったっ…だから今は逃げるんだ……っ……」
「…本当か………判った、お前を信じるっ……」
谷の出口には、ミリアの竜、スラッシュが待っていた。
休み無く一気に駆け下りてきた所為で息が上がっている。シオンは素早く荒い息を整えると、繋いでいた手を放し、右手袋を外した。
「先に…支配の紋章を外すよ。それからソウルイーターを君に戻す。早くしないと君の体が保たない。ちょっと痛いかも知れないけど我慢してくれ」
「本当に全部知ってるんだな。………ああ、頼む」
右手で支配の紋章に触れる。
バチバチと激しい火花が飛び散り、テッドが痛みに眉を寄せる。クワンダの時と同じように、テッドの右手から光が放たれたかと思うと、支配の紋章は跡形もなく消え去った。
「これでいい。こいつは外部からの攻撃には割と弱いんだ。さて、今度はソウルイーターを戻すよ」
キュイイイイーン
スラッシュの突然の泣き声に、驚いて振り返る。
スラッシュは谷の上の方を見上げて叫んでいた。煙が上がっている!
「僕たちがいた場所だ…まさか!」
「戻ろうシオン。支配の紋章さえ外せば、もうウィンディの傍に行っても平気だ」
「待って、ソウルイーターを戻してからだ」
「そんなこと言ってる場合か!あそこにはお前の仲間がいるんだろっ」
「……判った」
再び二人は元来た道を走り出した。
本当は一刻も早くソウルイーターを彼に返したかった。真の紋章持ちが紋章を外したらどれ位生きられるのかは、シオンも知らない。
もしテッドの時間が後少しだったら……だがこういう時のテッドは、頑として譲らないのを知っているシオンは、大人しく彼に従った。
そのことを後にシオンは死ぬほど後悔することになる。


「フリック…これは……」
仲間たちは先ほどと同じ場所で、呆然と炎を見つめていた。ウィンディの姿はない。
炎は粗方治まり、あちこちで燃えきれなかった残りが燻り続けている。水晶だらけのこの谷で、燃えるものといったら。
「まさか……」
「やられた…あの女、月下草に火をつけやがった……っ」
「……じゃあ解毒剤は……」
「作れません…竜たちはもう目覚めない」
「そんな……」
絶望に打ちひしがれる仲間たちと、炭と化した月下草を交互に見やる。
自分は選択を間違えたのか?
テッドを連れ出すべきではなかったのか?
「あ、おいっ、大丈夫か?」
ふらりとぐらついたテッドを、フリックが咄嗟に支える。
「テッド!?」
「はは……俺もそろそろ限界が来たみたいだ……」
顔色が悪い。フリックがゆっくりとテッドを地面に座らせ、背中から体を支えてやる。
シオンはテッドの手を握り締め、必死に叫んだ。
「死んじゃ駄目だテッド!ソウルイーターを君に返すから!『汝ソウルイーターよ、我より出でて…』」
「いい……もう…いいんだ。シオン」
「良くないっ。死ぬなよ、テッド!」
詠唱を続けようとするシオンの手を握り返し、テッドが微笑む。
「いいんだ…俺はもう充分生きたから。俺の魂をソウルイーターに食わせてくれ…そうすればお前の力になれる。ごめんな…こんなことしか…してやれなくて……」
「力なんていらない!駄目だ…諦めるな……っ」
「ごめん……俺の分まで…生きてくれ………」
「……っ……」
テッドの手から力が抜ける。ソウルイーターが光る。
「止めろ……っテッドの魂を離せ、ソウルイーター!!」
だがシオンの叫びも空しく、テッドの体から生まれた光は紋章に吸い込まれー―。

「………うっ……うぁ…ぁっ……」
涙が溢れて頬を伝う。
かつてグレミオをソニエール監獄で亡くして以来、シオンは涙を己に禁じた。その禁を破り最後に流した涙は、テッドを喪った後だった。
そして今また再び、テッドの為に涙を流す。
テッドを取り戻すことが出来なかった。
竜の力を得られない解放軍は、希望を失った。
未来は固定された。


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