Happy Ronde


やっぱり。
おかしいなとは思ってたんだ。こんなにテッド君にそっくりな子がいるなんて。
彼の外見はテッド君と瓜二つだけど、一目で別人だと判った。
雰囲気が全く違う。テッド君と同じ茶色の瞳は儚げで、テッド君のような強い光はない。
だけど潜む感情はテッド君と同じだった。
寂しい。 
捨てられた子供のような、縋る瞳。
大丈夫だよ、僕がいるよ。だからそんな寂しそうな目をしないで。
伸ばした手は、テッド君の時と違って振り払われることはなかった。おずおずと、小さな子供がするように両手でぎゅっと右手を掴まれて、何だか不思議な感じ。だって彼はテッド君とそっくりだったから。
寂しいなら僕が傍にいてあげるよと言ったら、彼はにこっと笑って僕に体重をかけるように抱きついて来た。
びっくりした。空気みたいに軽い。羽みたいに柔らかい。
『僕はアルド。君の名前は?』
彼はきょとんとして、小さく首を傾げた。
年の頃もテッド君と同じくらいだけど、彼の方が幼く見える。表情の所為かもしれない。テッド君は絶対に、こんな顔を他人に見せない。
『名前が判らないの?』
彼の口が動いて何かを喋ったようだけれど、音として僕の耳に届くことはなかった。
『もしかして喋れないの?』
彼が僅かに俯いた。
『そうか……喋れないと色々大変だね。僕が一緒にいてみんなに話してあげるよ。大丈夫、この船の人たちはみんな優しいから、困ることはないよ。そうそう、この船には君とそっくりな子がいるんだよ。テッド君って言ってね……』
『おい。何一人で喋ってるんだ?』
テッド君が声をかけて来たのは、この時だった。







「テッド君……」
彼とテッド君、顔も姿もそっくりな二人を交互に見やる。
テッド君が立つ位置から彼の所まで、視界を遮るものは何もない。
「さっきから何もないとこに向かって話しかけてて、怪しいぞお前」
訝しげに眉を寄せ、テッド君がすぐ傍までやって来た。
「彼が見えない…の?」
「俺とお前以外、どこに人がいるって?」
「いるじゃない、ここに。テッド君そっくりの男の子が」
テッド君の前に押し出すように、彼の肩に手を添える。
さっとテッド君の顔色が変わった。
「おい、しっかりしろよっアルド!」
テッド君の勢いに、彼がびくっと身を竦ませた。慌てて彼に話しかける。
「怯えなくても大丈夫だよ、怖くないから」
「……っ」
パシっ…と乾いた音がして、頬に軽い痛みが走った。
痛みがやってきた方向に視線を向けると、テッド君が僕を睨みつけていた。僕の頬を叩いたままの姿勢で固まっている。
「正気に戻れ。俺そっくりの奴なんかどこにもいない」
「テッド君……」
「ユウ先生の所に行くぞ。薬貰って大人しくしてろ」
「ちょ、ちょっと待って。僕は正気だよっ」
腕を掴まれ、半ば引きずられるようにして歩き出した。テッド君は前を向いたまま、いつになく大股で歩いていく。
振り返ると、彼があの寂しそうな目で僕たちを見ていた。遠ざかる彼に向かって叫ぶ。
「――ごめんねっ……また後でっ…」
「……」
僕の腕を掴む手に、更に力がこもった。



「ありがとうございました」
お礼を述べて医務室を後にした。手には渡された薬袋。
病気じゃないんだから、薬なんて貰っても意味ないんだけどな。ユウ先生に何の薬ですかと訊ねたら、精神安定剤だと返ってきた。僕、あぶない人に思われちゃったのかな…。
廊下に出ると、ドアの横の壁に寄りかかるようにしてテッド君がいた。相変わらずムスっ面だけど、僕のことを心配して待っててくれたんだ。嬉しくて胸が熱くなる。
「ちゃんと看てもらったか」
「うん。どこも異常はないって。一応薬も貰ったよ」
「今日は大人しく休んどけ。疲れが溜まったんだ、きっと」
「そうだね……」
これ以上怒らせたくなくて素直に相槌を返し、テッド君の後に続く。
彼はまだ先ほどの場所に立っていた。良かった。
その時背後で階段を下りてくる気配がして、現れたのはポーラさん。
「丁度良かった。テッド、オークが呼んでいます。すぐに作戦室に行ってください」
「またか。まったく人をこきつかいやがって」
テッド君は身を翻して、ポーラさんの立つ階段へと向かった。作戦室まで階段で行くつもりらしい。
オークさんの大のお気に入りのこの「えれべーた」は、テッド君はあまり好きじゃないみたいだ。
僕もどちらかというと苦手な方。閉じ込められて出られなくなりそうで、なんだか怖い。
他にもそういう人は結構いるようで、確かポーラさんもその一人だった気がする。機械の箱に乗って移動しなくても、階段を使えばいいんですという彼女の言葉に、こっそり頷いていた。
テッド君がオークさんに呼ばれているなら、彼とゆっくり話が出来る。第四甲板は人目につくから僕の部屋に案内しようと歩き出した僕の足を、ポーラさんの高くて綺麗な声が止めた。
「不思議ですね……テッドにそっくりな精霊がいます」
「えっ!」
驚いて振り返ると、テッド君もポーラさんを見上げていた。
ポーラさんの視線は、僕の進行方向――彼へと据えられている。
「ポーラさん、彼の姿が見えるんですか?」
「ええ。私はエルフですから。アルドさんは彼が見えるのですか?」
ポーラさんが不思議そうに僕に尋ねる。僕はぶんぶんと首を振って頷いた。
「見えてます!そうか、君は精霊だったんだね。あ、ポーラさんは彼の声が聞こえますか?僕では彼の言葉を聞いてあげることができなくて…」
「精霊の声は人間は勿論、エルフにも聞くことが出来ません。発声器官の造り自体が違うのです。人間では、精霊が許した者にだけその姿が見えるといいます」
ポーラさんは話しながら階段を下りてきて、僕を追い越し彼の前に立った。
「初めまして。私はポーラです」
彼はポーラさんを見、それから僕へと視線を移した。
重さを感じさせない動きで、ポーラさんの脇をすり抜け。
「彼はあなたが気に入っているようですね」
ポーラさんの笑いを含んだ声に、僕は少し照れて彼を見下ろした。
まるで小さな子供が親に甘えるように、彼は僕の胸に額を摺り寄せている。誰かに好かれるのは嬉しいし、それがテッド君に似た子なら余計に嬉しい。
「……本当に、そこに何かがいるのか?」
あれ、何だかテッド君の表情が硬い。
「ええ、います。彼の姿はテッドにとてもよく似ています。黙っていると、どちらがどちらか見分けがつかないくらいです」
姿は似ているけど全然違うよと、ポーラさんの言葉を訂正しようとして口を開いたけれど、テッド君の言葉の方が早くて僕はタイミングを逃してしまった。
「俺の顔した奴が、今アルドにしがみついてるんだな?」
「そうです」
彼の背を抱く僕の手の位置で、どういう状態がテッド君にも想像がついたらしかった。僕たちに向かって一直線に歩いてくると、彼に手を伸ばす。
テッド君の手は、彼の体をすかっと突き抜けた。
「精霊の姿が見えない者には、触れることも出来ません」
「くそっ。お前たち、二人で俺をからかってるんじゃないだろうな!」
苛立たしげにテッド君が吐き捨てる。
「何故私がテッドをからかわなくてはならないのです?」
エルフの人たちは純粋で嘘をつかない。テッド君もそれは判っている筈だ。
大きく舌打ちすると、テッド君は僕の腕の中に向かって怒鳴った。
「おい、そこの奴!俺の顔で変なことするな!さっさとこいつから離れろ!」
「テッド君?」
「お前もだ、アルドっ。俺がそいつの姿が見えないからって何だよその手!」
「手って……」
何でテッド君はこんなに怒ってるんだろう。
彼を僕が抱きしめてるのが気にくわないのかな。でも彼はテッド君に似ているだけで、テッド君じゃないのに。
その時、チンと小気味のいい「えれべーた」の到着音がして、開いた扉の向こうからオークさんが姿を現した。
「あ、いたいたテッド。ポーラを呼びに行かせたのにちっとも来ないから、こっちから来ちゃったよ。――何かあったのか?」
その場に流れる空気に、オークさんの声が一段下がった。
怒ったとか警戒したとかじゃなくて、探るような感じかな。声は心なしか楽しそうだ。
オークさんは揉め事や騒ぎが好きらしい。ガイエン騎士団の頃から一緒のケネス君が、「あの何でも首を突っ込みたがる性格を何とかしてくれればな…」と洩らしているのを聞いたことがある。
でも喧嘩になったら誰か止めてくれる人は必要だし、リーダーであるオークさんがそういった仲裁役が好きだというんなら、凄くいい事だと思うんだ。オークさんの言葉を聞かない人が、この船に乗っているはず無いし。
「テッドにそっくりな精霊がアルドさんに抱きついているので、テッドが怒ったのです」
「おいっ!!」
テッド君が真っ赤な顔でポーラさんを怒鳴りつける。テッド君があんなに怒っている理由、やっばり判らないや……。
「精霊?そんなのいるの?」
オークさんの目がきらりと光った。楽しいことをみつけた子供みたいだ。
「精霊の姿は普通は人間には見えませんが、アルドさんには見えるそうです」
あそこにいます、とポーラさんが僕たちを指差した。
「もしかしてアルドの腕の中?」
「あ、はい」
見えないはずの彼を観察するように、オークさんが僕の腕の中を覗き込む。脅えた彼の、僕にしがみ付く力が強くなった。
「顔がテッドそっくり?年格好も?」
「ええ。だからとても変な感じです。テッドがアルドさんに抱きついているんですから」
「へえ!そりゃ見えないのが凄く残念だ!でもまあ、見えてたらテッドがこの程度でいるわけないか」
ひゅっと口笛を吹いたオークさんを、テッド君が凄い目で睨みつける。……ちょっと怖かった…。
テッド君の鋭い視線を物ともせず、オークさんは顎に手を当て僕たちの方を見ながら、何やら楽しそうにくるくると綺麗な青い目を動かしていたが、やがてぽんっと手を叩いた。
「そうそう、俺はテッドを呼びに来たんだった。上で他のメンバーが待ってる。さあ行くよ、テッド」
テッド君の腕を取り、すたすたと歩き出したオークさんにテッド君が抗議の声を上げた。
「ちょっ…俺はまだあいつらと話が……」
「続きは帰ってきてからにして。交易は時間との勝負だからね。いつ暴落したり高騰するか判らないし」
「そんなの俺じゃなくたっていいじゃないかっ」
「今日は他のメンバーがフレアさんとロウハクなんだよ。彼らとの協力攻撃を覚えてくれたら、早めに帰してあげるよ」
「……くそっ、覚えてろよっ」
オークさんの腕を振り払い、乱暴な足取りで階段を駆け上がって行くテッド君と、えれべーたの中から笑顔で手を振るオークさんの姿が見えなくなると、残された僕とポーラさんは顔を見合わせた。
「彼をどうするつもりですか?アルドさん」
「そうですね。とりあえず僕の部屋に連れて行きます。僕に懐いてくれているし…」
テッド君に良く似た柔らかい髪を撫でる。
「それがいいと思います。ここは目立つので」
甲板を通る人からさりげなく僕たちを隠してくれながら、ポーラさんが言った。オークさんには説明したけれど、他の乗員には彼のことは内緒にしておいた方がいいとも。
僕も先ほどのユウ先生のような目で見られるのは避けたかったので、素直に頷いた。
「それにしても、彼はどこから来たんだろう……ここ暫く、船は港に入っていないのに」
「精霊は空を飛べますから」
「あ、そうなんですか」
空を飛ぶテッド君の姿を想像して、ちょっと楽しくなった。
鳥のようにと言うより、シャボン玉みたいにふわふわ風に乗って飛ぶんだろうな。
「では、彼を頼みます。頑張ってください」
軽く会釈して、ポーラさんも階段を上っていった。やっぱりえれべーたは好きじゃないみたいだ。
「……えーと、僕の部屋に行こうか?」
何となく取り残された気分になって、彼に話しかける。
僕の胸に顔を埋めていた彼が、ようやく顔を上げた。



二段ベッドが二つ並んでいる四人部屋が僕の部屋だ。
家具のある部屋を貰えているのは乗員でも極一部で、殆どは僕みたいな二段ベッドで寝起きしている。僕はパーティに呼んで貰うことが多いので四人部屋だけど、十人の大部屋の方が圧倒的に多い。個室を一人で使うテッド君がいかに特別か、それだけでも判る。
幸い部屋の他の住人はいなかった。
ほっとして彼を招き入れる。彼は室内を見回した後、右手奥下段の僕のベッドにちょこんと座った。
「そうだよ、そこが僕のベッド。言わなくても判るんだね」
続いて、僕も彼の隣に腰を下ろした。
「君は本当にテッド君そっくりだね。テッド君も君と同じところにつむじがあるんだよ。姿形だけじゃなくて、そんなとこまで似てるって不思議……」
口に出してみて気がついた。空が飛べて、一部の人にしか見えない精霊。
彼らが僕たちと同じ姿であると、どうして言い切れる?
「もしかして君の姿、本当は違うんじゃ?」
透明な瞳が僕を見上げて、すぐにまた視線を床へと戻した。
まるで小さな子が、自分のしたことを誤魔化すような反応だった。彼は僕の声など聞こえないかのように、シーツの端を指でつまんだり離したりを繰り返している。
「やっぱりそうなんだね。でもテッド君の姿になって、僕にだけ見えるようにしてって、君はこの船に何をしに来たの?」
彼はテッド君と同じ色の瞳でじっと僕を見つめ、
「……まぁいいか」
僕の胸にしがみついて、嬉しそうに笑う彼の顔を見ていたら、理由なんてどうでもよくなった。どうせ彼の言葉は、僕には聞くことはできないのだし。
柔らかな髪を撫でていると、ふと彼が虚空を見上げて固まった。遠くから聞こえる音に耳を澄ませているような、そんな表情。
「あ、君っ……」
彼は音もなく僕の腕から抜け出すと、ドアに向かって駆け出した。慌てて腰を浮かす僕のことなど見向きもせず、閉まっている扉をすり抜ける。
「待って!」
開け放ったドアの向こうに、彼の姿はなかった。



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