「乱暴に叩くな。壊れるじゃないか」
「ここはテッドという子供の家だな。お前がそうか?」
隊長らしき男が、ジロジロと不躾な視線でシオンを見る。シオンは全く気にした様子もなくさらりと言い放った。
「違うよ。僕はシオン・マクドール。テッドに何か用?」
「マクドール……っ。そうか、お前はテオ将軍の息子か。いいか、テッドという子供が戻ったらすぐに引き渡せ。奴はウィンディ様に歯向かい、城の中で紋章の力を使って暴走させた。奴には逮捕命令が出ている」
「ふぅん。じゃあなたたちはその命を受けて、テッドを連れに来たって訳だ。で、あなたたちの目的はテッド?それとも彼の持つ紋章?」
シオンと対面している男が、困惑気に眉を寄せた。
「……テッドという子供を連れて来いと命令されている。紋章の事は聞いていない」
「あっそう。でもウィンディ様が本当に欲しがってるのは、テッドじゃなくて紋章の方だよ。あれは真の紋章だからね。……そしてその紋章は、僕が持ってる」
「何!?」
目を剥いた近衛兵の目の前に、手袋をしていない素手の右手を翳し。
にっこり笑った次の瞬間、きゅっと身を屈め、男の脇をすり抜けて飛び出した。
「……な…………お、追えっ。あの少年を捕まえろっ!」
慌てて兵士たちがシオンの後を追う。
直線棍を交えればシオンに勝ち目はない。だがただ逃げるのであれば、テッドのいる家から引き離すのであれば、今のシオンでも何とかなる。
身軽で小さな体を活かし、市場の路地裏に紛れ込む。ここら辺は子供たちの遊び場だ。大人の知らない小さな抜け穴が、あちこちに点在する。
「逃がすな!何としても捕まえるんだっ」
ばたばたとすぐ傍を兵士たちが走りぬけていく。
彼らが完全に立ち去るのを待って、シオンは隠れていた塀の上からひょいっと飛び降りた。
恐らく彼らはシオンを追って、マクドール家に向かうだろう。
紋章のないテッドに用はないはずだ。今のうちにテッドの所に戻り、彼を連れてこの町を出よう。レナンカンプまで行けば追っ手も来ないだろう。
彼らに見つからないよう、やや時間をかけて裏道を辿りテッドの家に戻る。
家の前に兵士は居なかった。ほっとして玄関に回り――凍りつく。
ドアがこじ開けられ、歪んだ扉が風に揺れてキィキィと軋んだ音を立てていた。
「……テッド…?」
全身の血が下がる。冷たい汗が背中を伝う。
ぐしゃぐしゃに乱れた寝台。落ちて床に広がる白いシーツ。まだ乾いていない真新しい血痕。
「……っ……」
カランカラン…
手に持っていた棍が落ちて転がる。
テッドの姿はどこにもなかった。


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