第四章 幼子の瞳に彼を見る


結局テッドを奪われてしまったシオンは、検問が入る前に一人グレッグミンスターを抜け出し、レナンカンプに向かった。
けやき亭で上手くオデッサに会い、グレミオたちをレナンカンプに呼び寄せ、解放軍に加わった。
――その後は、シオンが体験した過去と全く同じだった。
バルカスとシドニアを助ける為にロックランドに向かい、火炎槍の設計図を秘密工場まで運び、サラディからレナンカンプに戻ってきて、オデッサが子供を庇って死に……。
考えなかった訳じゃない。
例えばオデッサに会わなければ、例えば解放軍リーダーを引き受けなければ、大切な人を失わずに済んだのでは、と。
グレミオがシオンを庇って命を落とすことも、テオと命をかけて戦うこともない。シオンがシークの谷に行くこともない。
オデッサの死は、シオンが彼女と接触があろうとなかろうと、避けれるものではなかった。
シオンたちがいなくても、彼女は何としてでも設計図を運び、刃にさらされた子供の盾となるだろう。
そしてオデッサを失った解放軍は崩壊し、諌める者のいなくなった帝国の腐敗は進み……。
未来を知っているからこそ、見て見ぬ振りは出来なかった。
この国に生まれた全ての民と同じように、シオンは祖国を愛している。
少なくとも自分が武器を取れば、国に平和が来ることを知っている。
過去を変えに来たシオンは、そうしてまた歴史の大河に飛び込んだ。




テッドと別れて以来、あの鈴の音が聞こえてくることはなかった。
変えるべき分岐点ではないのか、それとも体験したと思っている未来も鈴も、ただのシオンの空想だったのか。
だが全てはシオンの記憶どおりに事が進んでいる。戦闘も仲間集めも先手先手を打つリーダーに、仲間たちは不思議に思いながらもその信頼を深めていく。
鈴の音が鳴った時以外に未来を変えようとしても、歴史はいつ間にかシオンの知る未来へと向かっていた。やはり鈴の音が鳴るのを待つしかないらしい。
次にあの音が聞こえてきたのは、隠された紋章の村で幼いテッドに再会したときだった。


再び付きつけられる、どうすることも出来ない過去。
ひっそりと平和に暮らしていた素朴な村の面影は、もう何処にもない。
まだあちこち燻り、煙を上げている家だった物。生き残った人々は、焼け跡を前に呆然と座り込んでいる。
傍らのテッドの幼い右手には、既に紋章が刻まれていた。テッドにこれを預けた彼の祖父は、もう戻っては来ない。
「シオン、そのテッドとかいうガキはどうするんだ」
自分の名に、テッドが不安げにシオンを見上げる。シオンは唇を引き結んだまま答えない。
前回は連れて行こうとして、結局テッドだけが過去に戻された。この光の道は、過去の人間を通してはくれないのだ。

リーン

その時、再び鈴が鳴った。
運命を変える分岐点。彼を未来へ連れて行くことが出来るとでもいうのか?


「連れて行く」
「連れては行けない…」
「僕はここに残る」