「伏せろテッド!キルキスっ、スタリオンっ」
「はいっ」「はいよっ」 「何っ……」 シオンの声でテッドがさっとその場に伏せた。 遮るものの無くなったウィンディ目掛けて、エルフの矢が飛ぶ。 「ちぃっ」 それを皮切りに、一斉に仲間たちがウィンディに飛び掛った。その間にシオンがテッドに駆け寄り、助け起こす。 これがここに来る間にシオンが考えていた作戦だった。 ウィンディは恐らくシークの谷に現れるから、キルキスとスタリオンはいつでも矢を射られるよう準備しておき、他のメンバーはそれに合わせて一斉攻撃を仕掛けろと命じておいたのだ。 少しでいい。ほんの少しの時間が稼げれば、テッドの支配の紋章を外せる。 「これから支配の紋章を外すよ。少し痛いかもしれないけど我慢して」 「痛っ……」 支配の紋章に右手を重ねる。二つの紋章が反発しあって、バチバチと火花を散らす。 シオンが手を退けると、そこにはもうブラック・ルーンの姿はなかった。 「……これでよし。テッド、もう少しだけソウルイーターを貸しててくれ。あの女を倒したらすぐに返すから」 テッドの返事を待たずに、ウィンディの前に飛び出す。 「みんな退け!ウィンディ、テッドは返してもらった。もうお前の好きにはさせない。『汝ソウルイーターよ。その力を示し、我が敵を打ち倒せ。冥府!』」 「くっ……忌々しい。ここは一旦引くが、私は諦めないからねっ」 『冥府』が捕らえる前に、ウィンディは姿を消した。 シオンは急いで座り込んだままのテッドの元に戻ってくると、その場に屈みこんだ。 「大丈夫かい、テッド」 「ああ、平気だ。………シオン、お前なんで支配の紋章の事を知ってたんだ?さっきの動きにしたってそうだ。まるでこれから起こることを知っていたような……」 言いかけてテッドがハッとなる。 「お前まさか……」 「………とりあえず、先に紋章を返させてくれ。君の体が心配だ」 「それも知ってるのか……」 テッドはそれ以上追求せず、黙って右手を差し出した。 シオンの詠唱に応えて、紋章が輝きだす。 かつてテッドからシオンに渡ったように、今再びシオンからテッドへと紋章が渡る。 「やった……」 テッドの右手に紋章が宿ったのを確認し、シオンの体から力が抜ける。ずっと張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れる。 「シオン?」 崩れるように肩にもたれかかってきたシオンを受け止め、テッドが困惑気に名を呼んだ。 これがシオンにとって二度目のシークの谷であり、変えられない歴史と変えられる歴史の間で、どんな思いをしてきたかテッドは知らない。 「これで……もう君を失うことはない……やっと…君を取り戻せた……」 過去をやり直し始めてから一年弱。長かった不安な日々もこれで終わる。 「テッド……会いたかった…ずっと、ずっと会いたかった……っ」 「シオン……」 過去からの旅の末、シオンはようやく失ったものを取り戻したのだ。 「どうしても行かれるんですか?」 勝利の酒に酔いしれる人々の声を背に負いながら、グレミオが尋ねる。 「ああ、僕の役目は終わったから。今度は自分の為に旅に出るんだ。ちゃんと手紙は書くし、たまには戻ってくる。……そんな顔するなよ、グレミオ」 「坊ちゃんはこの戦争でとても成長されました。最早グレミオがいなくても大丈夫なのは判ってるんですが……やっぱり私もお供して……」 「大丈夫だって、グレミオさん。この俺が付いてる限り、シオンに無茶はさせないよ」 「逆だろ。僕がテッドを守ってやるんだよ。三百年も生きてきたくせに僕より弱いんだからな」 「弱いフリしてたって何回言えば判るんだ、お前!俺が本気になれば、皇帝竜だって余裕なんだぞ。何せ魔力はジーンさんと同レベルなんだからな。宿星じゃない所為で、決戦に行けなくて残念だぜ」 テッドが悔しそうに唇を尖らせる。 シークの谷の後、解放軍に迎え入れられたテッドは、ジーンやビッキーの顔を見て死ぬほど驚いていた。ビッキーはいつものように笑顔で?マークを飛ばしていたが、ジーンは「あら、あなたは…」と意味深に微笑んだ。 やはりあの二人は謎だ。 「はいはい、頼りにしてるよ、テッド」 実力を隠さなくなったテッドは、本当に強かった。かつてサラディまで二人で旅をした時に本気を出してくれていれば、あんな死にそうな思いをしなくて済んだのにと密かに恨めしく思っている。 「何だよその言い方は。年長者に対する礼がなってない!解放軍で大分鍛えられたみたいだが、お前の狩りの腕は初心者に毛が生えた程度なんだからな。獲物が獲れなくてすきっ腹抱えても、分けてやらないぞ」 「大丈夫。保存食たくさん持っていくから」 「…ほんと可愛くなくなったよな、お前……」 「そりゃテッド程じゃないにしても、見た目より年とってるからね」 シオンはテッドとグレミオには全てを話していた。 過去をやり直したこと、未来を変えたこと…普通は信じられる話ではなかったが、二人は信じた。 「不思議だよな。その本から聞こえてきた声って奴。結局グレッグミンスター城の書庫にもそれらしき本は無かったんだろ。鈴の音はあれ以来聞こえないのか?」 「鈴の音はシークの時が最後だ。多分僕の望む歴史が確定されたから、分岐点は必要なくなったんだろうね。本のことは現実だったのかもう自信がないよ。でも確かに僕はこの戦争を二度体験している。今回のことで未来にも影響が出るかもしれないけど、三年後にデュナン地方で統一戦争が起きたらまた戻ってくるよ」 「三年後ですか……気の長い話ですね」 グレミオが大きく溜息をつく。 「三年なんてあっという間だよ。ねえテッド?」 「そうだよ。俺なんて会いたい人に会うのに、三百年かかったしな」 二人が顔を見合わせて笑う。その笑顔の屈託の無さに、グレミオの不安が少し薄らいだ。 どんなことがあっても、二人ならきっと大丈夫だろう。二人は強い絆で結ばれている。その絆はほんの少し辛いものではあったけれど。 一時真の紋章を宿した所為で、シオンの体は常人と別のものになってしまっていた。 紋章を外した状態が長く続くと、体に不調を来たす。 放置しておけば……死に至る。 それはテッドも同様だった。シオンよりも紋章との関わりが深い所為で、外していられる時間は長いが、外しっぱなしではいられない。 よって二人は、一つの真の紋章を交互に宿すことにしたのだ。 旅に出ると言い出したのはシオンだった。 確かにここに留まれば、戦争の立役者として色々面倒なことも多いだろう。それよりは広い世界に飛び出したい、テッドが言っていた世界を見てみたいというシオンの気持ちは良く判った。 引き止められるのも面倒だからと、シオンは戦争終結の宴の夜を出発の日に選んだ。 聞けば前回も同じ夜に出発したらしい。前回と違うのは、旅の道連れがグレミオではなくテッドだと言う事だ。 「判りました。三年間我慢して待ちますので、二人ともちゃんと戻ってきてくださいね」 「ああ。行ってきます。グレミオ」 「グレミオさんも体大事にねー」 夜の闇に紛れて、二人の子供が今新たな旅に出る。 それは決してやり直したいなどとは願わない、輝ける未来。 次頁 |