第五章 祈りと願いと


歴史はシオンの知る未来へと、着実に進んでいる。
ネクロードを倒し、竜洞へ行き、竜たちの眠りを覚ます薬の材料となる月下草を手に入れる為に、一行はシークの谷の奥を目指していた。
運命を変えられるのはもうここしかない。ここでテッドを救えなければ、ただ歴史を繰り返し、テッドを二度失う悲しみを味わうだけだ。
前もって打てそうな手段は全部打ってみた。
シークの谷へ行かなくて済むように、竜洞への侵入者に気をつけろとさり気なくヨシュアに忠告したり、月下草を取り置きしておいてくれるよう頼んだりした。
だがやはり竜たちは眠りに付き、月下草はこの季節にならないと成長しておらず、結局シークの谷に向かわざるをえなかった。
足取りが重い。どうすればテッドを救える?どうすれば……
出がけに見送ってくれたフッチとブラックの姿も、シオンの心を重くしている。
これから彼らは黒竜蘭を取りに空中庭園に向かう。そこでブラックはフッチを庇って命を落とし、その肝によって薬が作られる…。
出来すぎた話だと思う。
例え黒竜蘭と月下草を手に入れても、竜の肝が無ければ薬は完成しない。ヨシュアは全ての竜を救うために、犠牲にする一頭の選択を迫られる。
それが竜騎士見習いの勝手な行動により、労せずして肝が手に入るとは、まるでブラックの死は最初から定められたものだったようではないか。
シオンはフッチに行くなとは言えなかった。シオンもまた、結果的に、間接的にブラックの死を望んでしまっている。
竜が一頭死ななければ、他の全ての竜の命が危ない。犠牲が必要だ。
ソウルイーターも同じだ。力を得る為に、宿主に近しい者の魂が必要だとするならば、テッドが死を免れた場合、次の生贄は誰になる?
クレオか、パーンか、それとも解放軍の仲間の一人か?
テッドを助けたいが為に、他の誰かを哀れな羊(スケープ・ゴート)をとして捧げるのか。
死ななくて良かったはずの人間を。
「……っ……」
そこで他人を犠牲にして自分の欲求を押し通せるほど、シオンはまだ世慣れてはいない。
いっそテッドの代わりに自分の魂を差し出せればどんなに楽か――だがソウルイーターは、真の紋章を宿す者の魂は喰らうことは出来ない。
「月下草ってのは、これのことかな?」
先頭を歩くフリックの声にぎくりとする。あの場所に着いたのだ。
記憶の通りその後はウィンディが現れ、続いてテッドが姿を現し……。
「さあ、お前に『預けた』紋章を返してくれよ」
二度と見たくなかった、歪んだ笑顔。支配の紋章に囚われた操り人形。

リーン…

運命の鈴が鳴る。
返せばテッドを助けられるのか?それとも……


「ソウルイーターを返す」
「ソウルイーターを返さない」