テッドが右手を掲げる。
紋章が発動する。その威力は、幾度となく振るってきて誰よりもよく知っている。
黒い閃光がクイーンアントを襲う。半円状のドームに包んだ後、轟音と闇が渦となって飲み込んでいく。
闇が消えた後には、何も残ってはいなかった。クイーンアントの死体も、残骸も、何一つ。
「……すいません。今は説明することができません。シオン、家に戻ったら話したいことがあるんだ。それまでは訊かないでくれ」
テッドのあまりに苦しげな様子に、誰も重ねて追及することはできなかった。
先頭に立ち、もくもくと頂上を目指すテッドの背後で、カナンが小さな呟きを洩らす。
「ふーむ、これはグレイズ様の言っていた……」
その呟きをシオンだけが耳にした。


山頂で山賊の頭であるバルカスとシドニアを捕らえた一行は、ロックランドの軍政官、グレィディに引き渡し、無事グレッグミンスターに戻ってきた。
城門前でカナンがテッドに一緒に来るよう命じる。あの時テッドが行くことを止めていたらと、後に何度後悔したか判らない場面だ。

リーン……

シオンにだけ聞こえる鈴の音が再び鳴り響いた。
「判りましたよ。シオン、先に帰っててくれよ。後から行くからさ」
疑いもなしに、テッドがカナンの後について城の中に入っていく。
駄目だ。行けばウィンディに見つかる。紋章を使わざるを得なくなる。
だがここで下手に止めれば怪しまれる……
どうする?


黙って見送る
「行っちゃ駄目だ、テッドっ」